花映塚の攻略文章とはなにか

目次

※この記事は『DEHANA Link』収録の同名記事とまったく同一です。

 

はじめに

私は花映塚の攻略を6年ほど書いてきました。ここでは私が攻略をどのように考えているか、どういうことを目指して書いてきたのかを説明してみます。さしあたり、花映塚の攻略について書きます。別のゲームでは同じようにはいかないところがあるかもしれません。


この記事には「狭義の攻略文章」と「広義の攻略文章」というふたつの言葉が出てきます。先に狭い方が出てきます。途中で話題が変わるところがあり、そこから広い方の話になります。


言語という大きな隔たり

攻略は勝利や上達を目的としています。そして、ゲームを遊んでいるときに私たちが身体的・感覚的に経験することを言語に落とし込み、他人に理解できるように説明する、攻略文章とは一般にそのようなものです。プレイしているときに考えていることや意識していることはそのままでは伝わりませんが、言語にすることで伝えることができます。


ここで、うまく操作できることと、経験を言語化できることの間には大きな隔たりがあります。上手なプレイヤーが上手く言語化できるとは限りません。天才肌のプレイヤーを思い浮かべてみれば、むしろその言葉が伝わらないということもあるでしょう。よく「ゲームが上手い=その人が言ってることが正しい」と思われがちですが、そうとは限りません。上手にプレイすることと言語化することは別の技術です。


「攻略文章」とはなにか

ではどのような文章が「攻略文章」になるでしょうか。これは攻略文章の定義を問うているように捉えられかねませんが、いま話したいのはどういう文章がプレイヤーにとって望ましいかという価値論的な問題です。自分が読み手だったらどういう攻略文章がうれしいかな、くらいの問いとして考えてみます。


まず確認したいのは、解析データをただ羅列するだけでは攻略文章にならないということです。たしかにデータは攻略の土台になる重要な情報です。解析勢の努力のおかげで、ふつうに遊んでいては分からないかなりの部分が、具体的な数式や数値まで明らかになっています。キャラクターの判定の大きさ、白弾や幽霊の発生のメカニズム、リリーが降りてくるタイミング等々。


しかし、データをいくら並べたところで、それだけでは攻略が完了したとは言えないように思われます。それは物理法則を知識として完全に理解している人がいたからといって、その人が野球をうまくプレイできるわけではないことと類比的です。データそのものよりも、それがどのようにプレイの助けになるかのほうが、攻略文章においては重要でしょう。


次に別の例として「弾に当たらないように気をつけよう」といったゲームのルールをそのまま書いてしまうのも違います。そんなのは当然だと思われるかもしれませんが、攻略文章を書いていると、どうもそのような内実の乏しい話になってしまうことがあります。

 

例えば「交差弾は危険だから意識しよう」という文はどの程度攻略になっているでしょうか。他の弾幕ではなく「交差弾」に注目するように言っているからまったく無内容とはいえませんが、不親切です。『DEHANA』「用語集2021」の「交差弾」(p.135)という項目ではこう書いています。「交差弾はいま閉じている部分が一瞬後には開くので、閉じている部分を目指して移動すると避けやすい」。この一文はそにつくさん(@Sonitsuku)が提案してくれたものです。「交差弾を意識する」ということの内実が「いま閉じているところの下に移動する」と具体的に書かれており、良い攻略文だと感じます。


ここで先取り的なテーゼですが、「プレイしているときの自分の意識」が攻略文章のコアにあってほしいなと思います。ゲームプレイのその限定された時間に、どういうことを考えればよいか、そしてどういうことは考えなくてもよいかをはっきりさせること。


まとめると、攻略文章では、それまでの自分のプレイ経験とデータとを総合して、プレイ中に意識することを絞ることが目標になります。次のように言い換えてもいいでしょう。経験にデータの根拠を与えること、あるいはデータを経験によって解釈すること。


ティアリストは何のために?

攻略文章の定番といえばティアリストです。様々なゲームで、リリースされるやすぐに議論になるテーマです。花映塚においては、そもそもティアリストにどのような意義があるでしょうか。

 

花映塚は非対称なゲームです。16人の性能の異なるキャラクターから2人を選んで対戦します。つまり最初から有利・不利が発生しています。そしてそのような有利・不利の状況認識から、勝つために自分の取る行動を決めなければなりません。このときティアリスト(正確には「キャラクター相性の知識」)が必要となります。例えば「この組み合わせは自分が不利だからどこかで厳しい気合避けをしてでもゲージを温存する」とか「有利だからスペルポイントは切らずに開花状態を維持する」というふうに判断をするわけです。


しかしそのうちに、そこにさまざまな人間的な意味付けがなされていきます。「どのキャラが一番強いのか」、たとえそのゲームをプレイしていなくてもそういう情報を得られると私たちはどこかで満足します。さらに一歩進んで、「強いキャラを使っているなら勝って当然だ」とか「相性有利で負けたら恥ずかしい」というように考えるプレイヤーも出てきます。こうしたおしゃべりがコミュニケーションや楽しみに繋がる限りではいいのですが、プレッシャーや遊びの制限になるようであればむしろ避けたほうがよいでしょう。


何を目的とするかによって攻略の内容が変わる

ここから少し話が変わります。

 

花映塚の攻略本を作っていると「17年前に出たゲームについてまだ書くことがあるのか」という声を聞くことがあります。たしかに花映塚について、既にたくさんの人が攻略文章を書いています。しかし既に書かれていることが自分の目的に適っているとは限りません。


私たちがゲームを遊ぶ目的はさまざまです。誰かに勝ちたい、大会で優勝したい、気分良くなりたい、誰かと繋がりたい、ゲームのシステムを理解したいなど、ちょっと考えるだけでもいろいろです。しかし例えば「勝ちたい」ひとつを取っても、どのように勝ちたいのか。絶対このキャラで勝ちたいという人もいれば、他の人とは違う動きをして勝ちたいという人もいるでしょう。


自分の目的は自分のものです。自分の目的に適うように、自分で攻略文章を書くことには意味があります。それはパーフェクトである必要はなく、その時点までの成果を明確にするために書くということもあるはずです。


ゲームを楽しむことが目的ならば攻略の内容も拡張される

しかしこれでは、上で挙げていた「攻略文章とはプレイ経験とデータの総合」とは少し話が違うのではないかと思われるかもしれません。その通りで、私はもう少し広い意味での攻略文章があると言おうとしています。


私たちがゲームをプレイする目的が勝敗や成長に限らない以上、「攻略はすべて勝利や上達を目的としている」というのは一面的な見方です。私たちは楽しむために遊んでいるのではないか。勝敗にこだわるのも、それが楽しいからではないか。楽しさという根本的な目的を目指す文章が攻略文章であると、広く捉えたいのです。

 

花映塚にどんなバグがあるかとか、海外で花映塚がどのように遊ばれてきたかとか、そういうことを知ることで自分たちが楽しいと感じられるのなら、それもまた攻略と言っていいでしょう。だから『DEHANA』は「総合」攻略本と称しました。単に勝敗や上達のためだけではなく、花映塚を楽しむための本を作ろうとしたからです。


おわりに:攻略文章という二次創作

攻略文章は、ゲームがあってこそ生まれる文章なので二次創作です。また、攻略文章を書いたり読んだりすることは、ゲームを身体ではなく言語によって遊ぶという、通常とは異なる楽しみ方です。その意味でも二次的と言えるでしょう。もちろん「二次」であることは優劣とは関係ありません。ゲームを楽しむ方法のひとつとして、攻略文章があります。


攻略文章には、そのゲームを遊んできたプレイヤーの経験が含まれています。その経験が含まれているから、人生の中で時間をそこに費やしてきたことを掛け金に、価値があると言いたくなります。言語化に伴う辛さもありますが、この楽しみ方をもっと多くの人がしてくれたらうれしいなと思って、私もまたこうして攻略文章を書いています。

カーブボール錯視と花映塚

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※この記事は『DEHANA Link』収録の同名記事とまったく同一です。

 

要旨
  • カーブボール錯視とは、内部が回転しながら動く物体を周辺視野で捉えると軌道が曲がって見えるものである。
  • 花映塚でカーブボール錯視が生じているとは言い切れないが、可能性はある。
  • 弾幕STG全般で、このような運動による位置ずれ錯視が生じている可能性がある。

 

錯視の学問的位置づけ

先に錯視全般について確認しておく。錯視とは視覚による錯覚である。知覚心理学認知心理学として研究されている。視知覚においては、ものが空間上のどこにあるのかを定める物体定位という重大な問題があり、錯視はそれを解明するヒントを与えてくれる。ここで紹介するカーブボール錯視は運動にともなう錯視であり、特に刺激内部の運動情報による位置ずれ錯視(MIPS, motion-induced position shift)の一種である(竹内, 2012; 久方・村上, 2012)。

 

カーブボール錯視

ここではShapiroら(2010)で取り上げられているカーブボール錯視を紹介する。


垂直に落下するディスクがあり、その内部では縞模様(sinusoidal grating)が水平に、右から左に走っている。このディスクを視野の中心で追いかけると、当然垂直に落ちている様子が見える。しかし視点をディスクの右に固定しておき、周辺視野でこの落下を追うと、ディスクは左に曲がって落下しているように見える。すべてを左右逆にすると、曲がる方向も逆になる。


またディスクの落下中に、右に固定していた視点をいきなりディスクに移すと、曲がっていたディスクが突然まっすぐ落下しているように見える。もちろんディスクから右に視点を移すと、まっすぐ落下しているディスクが突然曲がったように感じられる。


ディスクがどれだけ曲がって見えるかは、ディスクが視野の中心からどれだけ離れているかと内部格子の運動速度に依存する。中心から離れているほど、内部格子が速く動くほど、大きく曲がって見える。

カーブボール錯視

カーブボール錯視が生じる条件

条件をまとめよう。垂直に落下する物体があり、その内部に縞模様の運動刺激がある。内部の縞模様は物体の進行方向に対して垂直に動く。この物体を周辺視野で捉えるときに錯視が生じる。あるいは視野の中心と周辺との間で、視点を移動させたときに生じる。


花映塚ではどのようなタイミングで発生しうるか

花映塚に出てくる弾で、内部がアニメーションしながら落ちてくる弾は、陰陽玉・向日葵・音符弾の3つである。これらはたしかに回転しているが、Shapiroらの実験で確かめられているのは一方向に動く縞模様の運動刺激であり、異なる刺激である。3つの弾は内部の模様が時計回り、または反時計回りに動いている。内部の運動として、時計回りや反時計回りの回転でも錯視が生じるかは分からない。また、陰陽玉や一部の音符弾は、そもそもまっすぐに落下運動しているわけではない。

花映塚に登場する、回転しながら降ってくる弾たち


花映塚では背景もアニメーションしているのでその影響も大きいだろう。Shapiroらの実験では等輝度の背景が用いられている。結局、もう少し純粋な環境を構築して実験しないことには分からない。

 

仮説として、視野の上端で弾を捉えているときは、弾の全体が見えているわけでなく、下半分しか見えていない場合もあるだろう。その場合は半球しか見えないので一方向に流れる縞模様になっており、瞬間的に条件が整っているかもしれない。

 

また、運動知覚について網膜の中心と周辺では特性が異なることも関係してくるだろう。例えば、網膜中心部は微小な運動に対する感度が高い、周辺部は(中心で捉えられる速度よりも)高速の運動まで知覚しうる(福田, 1979)。こうなるとプレイ時の花映塚の解像度が関係してくる可能性が高い。解像度によって、視野の中心と周辺それぞれで捉える弾幕が変わるからだ。


弾幕 STGという特殊な環境

弾幕STGでは、さまざまな模様の大量の弾がさまざまな速度で運動している。この特殊な刺激だらけの環境だからこそ生じる錯視がきっとあるだろう。


錯視はゲームの作り手にとっても有用な知識である。錯視について理解していれば、それを利用してプレイヤーに不思議な体験をさせることができる。あるいは錯視を避けるようにデザインすることが、快適なプレイにつながるかもしれない。

 

この記事は視知覚ついての素人が調べて書いたものです。ここに書かれていることはそのまま真に受けず、必要に応じて自分で調べてください。で、私にも教えてください。

 

参考文献

スマホやタブレットでも花映塚

※この記事は『DEHANA Link』収録の同名コラムとまったく同一です。

 

花映塚がSteamで配信されたことで、可能になると期待されていたことがふたつある。Remote Play Togetherを使ったネット対戦がひとつ、Remote Play Anywhereを使ったモバイルデバイスでの花映塚プレイがもうひとつである*1。ここでは後者について解説する。結論から言うと、これは花映塚では難しい。


Steamゲームをモバイルデバイスで遊ぶためには、Valve社がリリースしている「Steamリンク」*2というアプリが必要になる。これをスマートフォンタブレットにインストールし、Steamを実行しているPCに接続することで、どこでもSteamゲームが遊べるようになる。……はずなのだが、花映塚に関してはゲームを起動しようとするとth09.exeが「応答なし」になってしまい強制終了してしまう。iosでもAndroidでもダメだった。花映塚がこの機能に最適化されていないようだ。


もうひとつ別の手がある。他のプレイヤーが花映塚を起動しているところにRemote Play Togetherで招待してもらい、それをSteamリンクでモバイルデバイスに映すというものだ。この場合、たしかに映像や音声を映すことはできる。


しかし操作に問題がある。バーチャルパッドが表示されるが、これはEscとEnter以外反応しない。キーマッピングもうまくいかなかった。ではコントローラーなら?Steamリンクでは、コントローラーをモバイルデバイスにペアリングして操作することもできる。しかしRemote Play Togetherではゲストは2P側になり、かつ2P側のコントローラは認識されないことが多いという仕様なので、この筋もうまくいかない。


こういうわけで、モバイルデバイス花映塚を遊ぶことは叶わなそうだ。モバイルデバイスで遊べたからなんだよという話ではあるのだが、バーチャルパッドで花映塚を遊んでみたくはないだろうか?面白い縛りプレイのひとつになりそうな気がしている。自分たちはここまで検証したので、何か方法を見つけたら教えてください。

▲ バーチャルパッドはボタンやキーボードの押し込みがない分レスポンスが早い?

*1:Steam Remote Play

store.steampowered.com

*2:Steam:Steam Link

store.steampowered.com

なぜゲームコミュニティの記録を残すのか

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※この記事は『DEHANA Link』収録の同名記事とまったく同一です。

 

DEHANAはなにを目指して活動しているのか

ここでは、サークルDEHANAがどういうことを目指して活動しているのかを説明してみます。その過程で、「なぜゲームコミュニティの記録を残すのか」という問いを考えます。


コミュニティが蓄積し、生み出し続ける「知」を残す

DEHANAの目的のひとつは、花映塚コミュニティが蓄積し、生み出し続ける「知」を言語化して残すことです。ここでいう「知」にはさまざまなものが含まれています。ゲームの解析情報(データ)、攻略情報(勝つためにはどうすればいいか)、遊び方(変則ルール、バグ)、コミュニティの歴史(どのようなことがあったか、海外ではどうか)などです。


ゲームやコミュニティの情報を残す意義

しかしそもそも、あるゲームの攻略情報やコミュミニティの記録を残す意義はどこにあるのでしょうか。そんなことを調べたり書いたりするのに時間を費やすくらいなら、ゲームをしていたいと思うのが大方のゲーマーの心性かもしれません。

 

端的に答えるなら、ゲームに関する問題に答えるための実例=データを提供できるところに、情報を残す大きな意義があると私は考えています。コミュニティが積み上げてきた屈折や工夫、成功や失敗は、ゲーマー自身やゲーム研究者が参考にできる貴重な「知」であり、共有する価値があります。


花映塚の対戦コミュニティの特徴を考える

例えば花映塚コミュニティのあり方から、ゲームコミュニティ一般の特徴を考えることができます。

 

2010年以降の、私の参加していた花映塚対戦コミュニティの大きな特徴は、マッチングを円滑にするための「身内化」にあると私は考えています。「身内化」とは、コミュニティの内と外を截然と分けて、外との関係をなるべく持たないようにすることを指します。

 

花映塚をオンラインで対戦しようと思ったら、必ずチャットで個別のコミュニケーションを取らねばなりません。ゲーム内にオートマッチ機能がなく、ゲームの外で対戦相手を見つけなければならないからです。また実際に対戦する段では、IPやポート番号を相手に教えなければならず、やはり個別にやり取りする必要があります。

 

コミュニケーションには負荷が掛かります。自分が対戦しようと思っても、同じ時間に相手が見つからないかもしれない。見つかっても相手に断られるかもしれない。そのような時間的・心理的負担を減らすために、気軽にやり取りできる関係性を一定の枠内で作るのではないか。また、このとき内と外を分ける基準は、あるノリを共有できるかどうかによるのではないか。「淫夢」のようなネット文化は、ある時期にコミュニティの共同性を支えていたように思われます。

 

「コミュニティの「身内化」なんてどんなゲームでもそうだろう」と思われるかもしれませんが、上の議論はその要因を探ろうとするところに力点があります。一般化していえば、ゲームの外的要因(花映塚にランダムマッチが実装されておらず、非公式ツールを使うしかないこと)がそのゲームコミュニティのあり方を規定する(身内化する)例と考えることができます。

 

これはあくまで切り口のひとつであり、実際にはもっといろいろな要因を考えることができるでしょう。こうした分析は、一般にゲームコミュニティについて考える材料となります。

 

例えば別の切り口として、コミュニティの活動拠点となるプラットフォームによる、コミュニティの特徴を考えることができるかもしれません。花映塚というゲームひとつを取っても、各種配信サイト(ニコニコ生放送、なんでも実況、PeercastStickam)、チャットルーム(IRCSkype、Discord)、掲示板サービス(ニュー速VIP、したらば掲示板、Twitter)、大学のサークルなど、さまざまな場所にコミュニティが立ち上がってきました。人が集まる場所とそのコミュニティの性質には、なんらかの関係があるだろうか。あるならそれは、そのプラットフォームが持つどのよう性質に由来しているだろうか。


学問に繋げる

他にも、倫理学や認知に関する科学、ゲーム研究*1といった学術的(または学際的)な領域へと繋げていけるトピックがあります。いくつか挙げてみましょう。

 

花映塚は勝敗のつく対人ゲームであるところから、スポーツ倫理学的な問いを立てることもできます。スポーツ倫理学とは、スポーツに関する様々な行為について、善悪の規範を考える学問です。もちろん「善い」「悪い」というのが、そもそもどういうことなのかも検討されます。*2

 

そして「スポーツマンシップとは何か」「なぜ不正行為をしてはいけないのか」のように、リアルスポーツで問われる問題と対戦型デジタルゲームで問われる問題は、ほとんど共通しています。スポーツ倫理に関する定番の問いはもちろんのこと、花映塚コミュニティでは次のような問題が提起されたことがありました。「大会の良いレギュレーションとはどのようなものか」「試合において勝敗にこだわらないことは不正なのか」。言うまでもなくこのような問いは、現在流行りのeスポーツについて考える切り口でもあります。

 

スポーツ倫理に関連してもう一言するなら、花映塚はタイマンのゲームでありながら、間接的に攻撃しあうゲームであるところに大きな特徴があります。「間接的」という言い方には、FPS格闘ゲームといった「直接的」に攻撃しあうゲームとの対比が念頭にあります。「直接性」の有無でプレイヤーに掛かる心理的負荷が大きく異なるのではないか、と感じることが私にはよくあります。これは科学的に扱うこともできそうだし、批評的な論点にすることもできそうです。

 

他に、ゲームと視知覚というトピックもあります。2DSTGで遊んでいると不思議な感覚が生じることがあります。余裕を持って認識していた弾が気がつくといきなり自機の近くにあるように感じて焦ったり、曲がって飛んでくる弾に自分から当たりに行くように動いてしまったり。弾幕の性質や軌道を理解していても、なぜか当たってしまう弾幕があります。その理由を、視知覚の性質から考えることができるかもしれません(cf. 「カーブボール錯視と花映塚」p.10)。

 

重要なことは、こうした問いに気づけるのは、実際にゲームを遊んできた経験があるからだということです。


どのように遊ばれてきたかは、遊んできた自分たちしか知らない

ここまでに、①あるゲームコミュニティで遊んできたからこそ立てられる問いがあること、②いくつかの問いについては実例という形で答えの参考になるデータを引き出せることを確認してきました。

 

どのように遊ばれてきたのかということは、遊んできたプレイヤーたちしか知りません。ゲームの製作者でさえ全容を把握することはできません。しかし現状、花映塚コミュニティの情報は失われつつあります。

 

「ネットにいくらでも情報が残っているではないか」と言いたくなる方もいるでしょう。しかしネットにアップロードされたものが全てちゃんとアーカイブされるわけではないということも、私たちは日々実感しています。テキストはもとより、動画、リプレイファイルなども、ウェブサービスの終了とともに閲覧できなくなることが多い。アーカイブサービスもありますが、それさえすべてを記録しているわけではありません。

 

ゲームそれ自体はアーカイブされても、それがどのように遊ばれてきたのかということは、記録しようとしない限りそのまま消えていきます。しかしそこにある「知」は問いを喚起し、実例を提供するものです。やはり記録し、共有することに意味があると言いたくなります。

 

ゲーム研究者の吉田寛デジタルゲームの保存について次のように書いていますが、この点に私はまったく同意します。

ゲームとは何か、それを一言で定義するのは難しい。だがこれまでの研究者の共通見解によれば、ゲームとはプレイヤーが参加するシステムである。つまりルールやアウトプットと並び、プレイヤーの参加(インタラクション)も、それらと同じ資格で、ゲーム(というシステム)の一部を構成するのであり、そうである以上、それも正当に保存の対象とならねばならない。


もちろん現実には、技術やコストの制約があるため、「ゲーム全体」の保存やデジタルアーカイブ化は困難であろう。しかし、ゲームがインタラクティブなシステムである以上、その保存は、何らかのかたちでプレイヤーの「経験」を含み込まなければならない。*3

 

サークルDEHANAの活動は、花映塚について部分的にこのような役割を果たしています。その成果である同人誌『DEHANA』は国会図書館に納本されており、将来にわたって参照できるようになっています。*4


コミュニティの「知」を言語化する試み

そういうわけで、ゲームに関する広い「知」を考えたとき、花映塚にはまだまだ書かれていないことがたくさんあると思うのですがどうでしょう。

 

*1:ゲーム研究については丁寧な入門書やパンフレットがある。小林信重(編)『デジタルゲーム研究入門:レポート作成から論文執筆まで』ミネルヴァ書房、2020。松永伸司(編)『メディア芸術・研究マッピング ゲーム研究の手引きⅡ』文化庁、2020。

*2:スポーツ倫理学に関しても日本語で読める入門書がいくつか出版されている。ここに3点ほど挙げておく。林芳紀・伊吹友秀『マンガで学ぶスポーツ倫理 : わたしたちはスポーツで何をめざすのか』化学同人、2021。友添秀則(編)『よくわかるスポーツ倫理学ミネルヴァ書房、2017。川谷茂樹『スポーツ倫理学講義』ナカニシヤ出版、2005。

*3:《巻頭言》「デジタルゲームの保存はどうあるべきか」人文情報学月報第112号(2020年11月30日発行)https://www.dhii.jp/DHM/dhm112

*4:Dehana = デ・ハナ : 東方花映塚攻略 (めど): 2021
|書誌詳細|国立国会図書館サーチ https://l.pg1x.com/3yekWhf5Qgy4W2A6A

国内で発行されてきた花映塚攻略系同人誌一覧

下表は、これまでに日本国内で発行されてきた花映塚の攻略系同人誌の書誌情報である。あくまで私が捕捉できた分であり、おそらく他にもあるだろう。

docs.google.com


まず花映塚の対戦コミュニティにおける、『アル花ディア』の存在感に触れておきたい。これは花映塚のリリース初期から遊んでいたプレイヤー20名以上が執筆した攻略本である。リリースから3年で出されたにもかかわらず、解析データはほとんど網羅されており、基本的なテクニックが既に出揃っている。恐ろしいほどの情報量を持った怪物級の本である。これ以降花映塚について書こうとするフォロワーはこの本を意識せざるを得なかった。


それぞれの本の、現在の入手可能性についても一言しておこう。最近の作品、というか私の発行しているDEHANAシリーズは、ZEROを除いて電子版をBOOTHで手に入れることができる。『今さら花映塚解説本』はpixivで全編公開されている。それ以外は新品を手に入れることは難しいだろう。『アル花ディア』はかなりの部数が刷られていることもあり、駿河屋などの中古同人ショップにたまに並んでいる。あるいはいっそ、作者に直接コンタクトを取ったほうが早いかもしれない。


もしあなたがこれから同人誌を作ろうと思っているなら、電子版の発行も検討してみてほしい。即売会に来れない読者にリーチできるのが大きな強みだが、海外のプレイヤーに手にとってもらえる可能性がある。現代ではPDFファイルをかんたんに・質の高い機械翻訳に掛けられるようになっている。『DEHANA』は冊子を出してから約4ヶ月後に電子版を出したが、海外プレイヤーからの機械翻訳で読んだ報告をいただいてハッピーな気持ちになった。

 

※この記事は『DEHANA Link』収録の同名記事とまったく同じです。

花映塚攻略誌「DEHANA」シリーズ記事一覧

これまでに私が発行してきた、花映塚攻略同人誌「DEHANA」シリーズの記事を一覧にしました。すべての記事には、発行順・掲載順で通し番号が付いています。各記事の内容に関して、大ざっぱですがジャンルも併記しました。

docs.google.com

 

DEHANAシリーズはBOOTHで電子版を販売しています。気になる記事があったら、ぜひ本文を読んでみてください。

dehana.booth.pm

 

さて、一般的な話として、過去の同人資料を探すのは大変です。大方の紙の同人誌はすぐに絶版になるし(絶版という言葉も同人誌にはふさわしくないかもしれないですね)、電子版が出ていてもその存在が知られていないことがしばしば。

 

しかしそこに、自分が知りたいことが既に書かれていることがあります。過去の同人誌にそれが発表されていても、存在が気づかれていないとアクセスできません。もしかしたら既にデータが揃っていることを知らずに、時間を掛けて調べ直してしまうような二度手間が発生してしまうかもしれません。

 

花映塚について新しいことを書きたいと思っていたのに、既にどこかで同じことが書かれていたというのでは悲しいですよね。そういうわけで、私のサークルで出しているものについての情報をまとめておきました。

C100感謝&新刊『DEHANA Link』

C100お疲れさまでした

スペースに来てくださった方々、ありがとうございました!

 

余裕があるときに少しずつお話させていただきました。発売から17年経っているとはいえ、花映塚はやはりいろいろなところで遊ばれているのだなと、お話を聞いていてとても楽しかったです。開場後いの一番に新刊に買いに来てくれた方の、「応援してます」という一言でテンション爆上がりしました、感謝ー。

設営完了!……直前

スペースには、想定よりもはるかにたくさんの方に来ていただけました。昼前には『DEHANA』冊子版が、昼過ぎには新刊の『DEHANA Link』が完売していました。午後入場の方には本をご案内できず、申し訳なかったです。BOOTHで電子版を販売しているので、良かったらそちらをご検討ください。

 

サークル参加者としても、一般参加者としても、久しぶりの夏コミをめいっぱい楽しませてもらいました。たくさん買い物して、花映塚や他の趣味のお話もして、旧知のフレンドと数年ぶりにお会いできて、コミケ最高!

 

花映塚攻略本DEHANAシリーズ、第三弾です。

dehana.booth.pm

2022年の花映塚界隈の最新情報や、これまでのコミュニティの成果のまとめなど、今まで以上に幅広く花映塚について書いています。また、花映塚の遊びを学術に接続するという新しい試みもあります。こうした内容全体が「繋ぐ」というコンセプトでまとめられています。

『DEHANA Link』の目次

 

おそらく今までにあまりなかったタイプの攻略本で、12ページですが情報がぎっしり詰まった1冊になっています。ぎっしりすぎて表紙1から本文です。今すぐゲームプレイに使える知識は少ないかもしれませんが、よりディープに花映塚を楽しむための情報は満載です。

 

この本は私ひとりで書いています。ひとりの人間がすべて書いているので、いくつかのテーマが本書全体をゆるく貫いています。不思議なことですが、こういうことは完成してから気づくものなんですね。企画書を書いてある程度狙いを持って作っているのですが、そういうのを裏切って現れてくるものがあります。

 

ここから次の攻略が生まれてくれたらうれしいなーと思っています。素敵な攻略を読めるのを楽しみにしてます。

 

謝辞

ひとりで書いたとはいえ、ひとりで本を作ったわけではありません。今回も多くの方にご協力いただきました。こちらでまとめて紹介します。ありがとうございました!

 

・過去の花映塚同人誌情報や素材の提供:
IWASHIさん(@IWASHI______)/ 柿桜さん(@77ameka)/ halogenさん(@halogen_MediYa)/ 白夜さん(@byakuya_DCBA)/ みすみさん(@msm_smtn)/ やまだんさん(@yyamadan)

 

・Steam花映塚の検証協力:
nin=sceneさん(@ninscene)、桃白白さん(@tuyoiyousenshi)

 

・「妖怪vs妖怪」の検証協力:
てんこさん(@tenko_modoki)

 

・錯視記事へのアドバイス
ジュラル星人さん(@jural_seijinR)

 

以上